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カメラ漫画夜話 第九話 銀塩少年

  • 写真: 銀塩少年
(後藤隼平 小学館サンデーコミックス 1〜3巻発売中)

 私自身デジタル:フィルムの使用比が全体を10とした場合9:1となるほどフィルムの使用率が落ち込んでしまい、とうとうフィルムカメラを使うのは諦めた、或いは諦めようかという声も周囲でちらほらと耳にしております。それでも(人は人、自分は自分と無闇に他の人に右ならえさせられることを好まない風土的傾向から、かどうかは知りませんが)地元ではそういう声など一向気にする事無く、使いたいから使うんだと旧来のフィルムカメラを使っている人たちは(絶対数は少ないにせよ)観光地へ行けば見かけることは良くありますが。ある時カメラ屋に屯していた、私より少し若いくらいの男の子集団でオリンパスOM-1を持ってる子もいましたもの。そして高校で「銀塩写真部」と称する部活動に励む青春を送る学生を描いた漫画も登場しました。それが今回紹介させていただく「銀塩少年(ゼラチンボーイ)」であります。

 主人公は時田瞬、通称「マタタキ」と呼ばれている男子高校生です。基本は彼が目下のところ片想いしているけどそれをなかなか告白できずにいる幼なじみのミライとのSALAD DAYS……というか蒼っぽい恋物語を基本線に話は進んでいきます。そこからマタタキの恋敵になる男(こういう三角関係も今時珍しいですね)が登場するし、新見さんという新キャラも2巻から登場していて、彼女がマタタキに惚れているような素振りを見せまくっていて、マタタキも(少なくとも友達としては)満更でもなさそうな感じで新見さんと接していて、彼の恋の行方はどうなる? って感じで話が進んでます。その間の内容はモロ「SALAD DAYS」です。もしこれが六〜七年早く発表されていたなら、久米田康治氏の格好のネタ(※)になったことでありましょう。
 本作ではラブコメにマタタキの持つ「撮った写真に未来が映し出される」不思議な能力というのを絡めて話に厚みを持たせてます。1巻ではミライが通称「テニス」と呼ばれる恋敵といい雰囲気になっていたり、マタタキが大変なことになっていたりと決してマタタキにとっては歓迎すべき展開ではなく、彼はその未来を何とかして変えようと奮闘するも完璧超人の「テニス」には遠く及ぶことがない。それでもミライに振り向いて、笑顔でいてもらうために自分にできる精一杯のことはやろうとするマタタキのひたむきさ。フラグさえ立てれば行くところまで行ってしまえるような凡百の恋愛AVGの主人公より私は好感が持てました。もちろん写真そのものに真面目に取り組む姿もw。2巻ではあるアクシデントから大破したカメラを何とか自分で直そうと大胆な行動に出ましたしねぇ(彼の愛機はまだ基本構造は機械式だったので、直そうと思えば直せないこともなかったのです。最悪露出計が駄目になっていても絞りとシャッターは何とかなりますし)。

 冒頭にも触れた通り、舞台は「銀塩写真部」と銘打つクラブですから登場するカメラは目下100%フィルムです。マタタキがメインに使っているのはコニカオートリフレックスT4。
「実はT3で、ソニーから苦情来ないように名前変えたのかな。でもAcom-1にも似てるしな」
 とか思ってましたがこのカメラはちゃんと実在します。1977年発売。位置付けとしては「愛情コニカ」の愛称で売られていたコニカAcom-1の上級機で、シャッター速度のレンジをAcom-1(は1/8秒までだけどT4では1秒まで)より広げて、外付けワインダーも付くようにした輸出用モデルだそうです。まあキヤノンAE-1を自分とこで作ってみたけど国内ではキヤノンに勝てないと踏んだのでしょう。「コニカカメラの50年」(宮崎繁幹 朝日ソノラマクラシックカメラ選書)という元社員によるコニカのカメラ史を綴った本では余り出来が良くなかったと書かれてましたし、間もなくFS-1(世界初のワインダー内蔵カメラ!)の開発も始まりましたし。作者の後藤氏は八方手を尽くして実機を購入されて(更にソニーでオーバーホールもしてもらったそうで)、いつも持ち歩いておられるそうです。実際描写も丁寧なのは好感持てますね。
 他の部員ではマタタキの男友達の鷹村がミノルタXE、元部長(建前上は引退したけど部活には積極的に参加してます)のモモ先輩がコンタックスRTSIIを持ってました。今はもう消えたブランドばっかりじゃないか、何故キヤノンやニコン、それでなくてもペンタックスやオリンパスを出さないかなあなんて言ってはいけません、とここは敢えて言わせていただきます。私がへそ曲がりの判官贔屓であることを差し引いてもなかなかに渋い選択ではないですか? 親戚のおじさんがジャスピンコニカで撮ってくれた記念写真を見たり、私所有のコニカエレクトロンやヘキサーRF用の90mmF2.8を使ってみて実感したことですが、コニカのレンズは階調再現とシャープネスは目が覚めるような一級品でしたし、あるファンに言わせれば
「もう二度と作れない文化遺産」
 とまで言われる玉です。コンタックスは言うに及ばず、ミノルタXEはライカ様も認めたハイクオリティで、巻き上げを始めとする操作感の評価は高く、今もファンは多いです(シリーズ1/1000sec.でも新谷氏は手放しでお褒めでした。それだけ丁寧に作られていたということです)。RTSIIもファインダーがオリンパスOM-1並みに大きく見やすくなった、電池切れでも1/60秒だけなら使えるようになった、露出計のスイッチをオンにしてから16秒は回路がつながったままになるタイマーが付いた等初代RTSから大幅な改良がされている銘機としてこれまた評判は高いです。
 あとマタタキは実戦ではコニカしか持ち出してませんが、ミライに家捜しされて思春期の男なら誰しも持っているような本……の代わりに秘匿していた山ほどのカメラを見つけられる場面があったりします。その形は割と適当に描かれてたりしますが、それでもミノルタTC-1、ローライ35、リコーオートハーフ、キヤノンダイアル35、オリンパスペン(初代)、同じくF、ニコン35Ti、マーキュリー(アメリカ製ハーフサイズカメラ)、ベッサR2等
「それを死蔵してるなんてとんでもない」
 とツッコミたくなるようなカメラがかなりありました。合宿にはレンズ何本も出して鞄に詰め込む件がありましたけども。あとミライがマタタキから分捕ったカメラとしてアガート18kも登場してますね。

 作者は畑健二郎氏(「ハヤテのごとく!」の人)の元アシスタントで、そのツテでクラブサンデー上で本作でデビューされたそうです。カメラに関する知識は豊富で、畑氏は
「後藤君の受け売りでカメラについて知りました」
 と語られていたとか。現にハヤテでは17巻でライカM7+ノクティルックス50mmF1.0、同CM、キヤノンP+キヤノン50mmF1.8、リコーGX100が登場しており、続く18巻でもヒロインの三千院ナギがバイトで貯めた金でロモLC-Aを買う件があります。この辺りは明らかに後藤氏の影響で描かれた話でありましょう。読んでいると分かりますが、いかにも後藤氏の好きそうなラインナップですもの。

 カメラ以外でも折り返しの著者近影の写真は友人にブロニカを使って撮ってもらったそうで、そのこだわりはなかなかのものです。同じ現在進行形写真部漫画の瞳フォトやキミイロがデジタル一辺倒(前者は機会があればフィルムも取り上げたいというお話もありましたが)の中、フィルムカメラをテーマにどんな話が展開されるか、これまた楽しみな漫画が一つ増えました。今後とも追いかけていきたいです。

※:その頃久米田氏がサンデーで描かれていた「かってに改蔵」では定番のネタとして「SALAD DAYS」や「ラブひな」を茶化すようなエピソードが多かったです。当事者の猪熊しのぶ氏は後に地丹(「改蔵」の弄られ役)を男子トイレの中に描かれたことからしていい印象をお持ちでなかったようですが、赤松健氏は怒るどころか寧ろ面白がってらっしゃいました。ファンから断固抗議すべしとの声もありましたが。

次回予告:ライカの帰還(吉原昌宏)
2009年11月23日 こーちゃん (4)
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