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カメラ漫画夜話 第十話 ライカの帰還

  • 写真: ライカの帰還
(吉原昌宏 幻冬社コミックス 吉原昌宏作品集3)

 本作は'90年から12回に渡って「とんびの眼鏡」というタイトルで「カメラマン」で連載されていた漫画です。私は高校時代本誌連載分を読んだのですが、素直な感想が、
「ほほう、独自のアイデアで読者をあっと言わせる写真を撮り続ける報道カメラマンの話か。なかなか熱いじゃないか」
 漫画なら大抵は面白がって読む年頃でしたから機会があれば読んで、そのたびに主人公のプロ写真家根性に感動していた私です。
 この漫画の連載が終わった後、シュール系四コマ漫画の大家、小道迷子氏が街の小さなカメラ屋一家を舞台にした「ぱしゃりんこ」なる四コマを毎月4ページ連載されていて、こちらもなかなか面白かったのですがこちらは単行本絶版中で再版の見込みもないし、ネットオークションでも見かけることは皆無です。こちらもこのトピックで取り上げたかったのですけども。

 前振りもそこそこに本題。本作の主人公、楠勝平のモデルは朝日新聞写真部のカメラマン、船山克氏で作中のエピソードも船山氏の実体験がベースになってます(ご子息の理氏がモーターマガジン社に勤務しておられたので、そのご縁があったのでしょう)。解説にも記されてますが太平洋戦争中に海軍に入隊。漫画の通りアメリカ軍の戦闘機にメッタ撃ちされて沈没した航空母艦「瑞鳳」に乗り合わせて生還、終戦後朝日新聞東京本社に入社されて「アサヒグラフ」で報道写真史に残る傑作を幾つも発表なさっておられます。時折「アサヒカメラ」にも作品を出されてましたが。
 顧みればその頃まだニコンF(これ以来ニコンの旗艦機はジャーナリストの定番カメラになります)も出ていなければ物語初期の頃はサンフランシスコ講和条約も結ばれていません。報道写真家にとっては機材的な制約もあれば社会的な制約も少なからずありました。それ以外にも伝統による「仕来り」が関わってくる話もあります。そこを勝平のアイデアと根性で乗り切って、自分にしか撮れない写真を撮る。それが全編に渡る骨子となっています。
 早速第二話「空中写真」でそれが説明されており、まだGHQの厳命で航空活動ができなかった'47年、当時一番高い鉄塔(312メートル)だった埼玉県川口市のNHK放送塔から下界を見下ろそうという試みがされます。ドラム缶を上げ下げするだけのエレベーターで昇り、寒風が吹き荒れてエレベーターどころか鉄塔自体も揺れに揺れて、いつ投げ出されて死ぬか分からない決死の挑戦。それでも戦争中、瑞鳳が撃沈した折に見て撮りたいと思いながらも逃したシャッターチャンスを今一度自分の物にしたいと思いを胸に勝平は天辺に上り詰め、目に映るのは夜明けの太陽が照らし出す広大な景色……。
「これが俺の手に入れたシャッターチャンスだ! この光景は…いま…俺だけのためにある!!」
 目標を達成した勝平のなんと嬉しそうなこと。独創的なアイデアと表現力で自分ならではのシャッターチャンスをもぎ取り、見る者にほぉー凄いじゃないかと言わせる。写真家の端くれとしてはかくありたいと思いながら、いつまで経っても凡作しか物に出来ない身としては激しく憧れる所です。
 その後も甲子園球場の屋根、まだ建設中だった東京タワー、さる機関(ネタバレにつき非公開)の大型ヘリ、古寺の瓦屋根等高い所から被写体を狙う機会が多く、その様がはるか上空から獲物を狙う鳶のようだったことが「とんびの眼鏡」のタイトルの由来になってます。いずれも勝平の格好良さが光るエピソード揃いで見逃せません。

 ニコンFはまだない時代だったので、メインカメラとして登場するのは主にライカIIIaとスピードグラフィックです。その後ニコンS2EとS3M(いずれもモータードライブ付きの特殊仕様。今では国宝扱い!)が登場し、ライカM3、ブロニカS2が登場してます。解説で言い訳してあるもののおかしい点も結構あって、素通しのはずのライカIIIaのファインダーに白枠がある、当時ブロニカは第一号のD型しかなかったのにその二代後のS2が出ているとか。私は最初ストロボや閃光電球が付かないはずのライカIIIaにフラッシュユニットがつながってるのはどうしたことかと思ったのですが……これは恐らく後からそういうふうに改造してもらった個体でしょう。ライカは構造が簡単で、それ故にやろうと思えば今日のデジカメのファームアップの如く旧型に新型の機能の一部を追加できた(過去形)ことも売りの一つにしてましたし、ストロボが付かなかった旧型にシンクロ接点(コードをつないでストロボなりフラッシュユニットを付けるためのコネクタ)を付けるのはその最たる改造項目だったようです。

 漫画は連載終了直後にモーターマガジン社から月カメ別冊増刊として単行本が発売され、その後新潮社から「ライカの帰還」と名前を変えて発売されました。その時の表紙は船山氏が一度無くして発見され、帰ってきたライカIIIaの現物写真が載ってます(※)。
それも絶版になった後2007年に幻冬舎から現行のバーズコミックススペシャルとして刊行されました。新潮社版はどういう訳か三話が抜けてますがこちらなら全話読めますし、船山理氏の解説も読めます。カメラ好きなら是非読んでください。そして熱いカメラマン根性を感じていただく価値は十分あります。

※:撮影は田中長徳氏で、撮影中信じられないようなことが起こったそうですが、その辺りの件は「ライカと味噌汁」(東京書籍)で触れられております。よろしければ併せてご一読ください。
2009年12月1日 こーちゃん (4)
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